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2014年11月17日(月)ひとりビートルズ・ウォーキング・ツアー敢行だ


アビーロードの横断歩道
2014年11月17日月曜日。そろそろロンドンで5日目となる。そして今日も朝から雨だ。やっぱり異常な早起きが治らないので、その勢いに乗って仕事をはじめる。iPhoneとiPadを両手で使い、届いたメールを加工してそれを日本にいる妻にDropbox経由でファイルを渡すのだ。妻はそれを印刷したあと封筒に詰めて発送するわけだけど、以前熊本と東京で離れて暮らしていたときから何度も行った作業なので、それがロンドンだからといって特段どうってこともない。ただやっぱりiOSで仕事するとMacでやるときの5倍くらい時間を要する気がする。でもMacBookを旅先まで持ち歩くかどうかはまだ微妙だなあ。重たいしどこへでも持ち歩くわけではないだろうから盗難の可能性もあるし。特にドミトリーだと。

アプリの画面
ひと仕事終えた後、1Fのパブで朝食を食べた後、24番のバスに乗る。昨日のロックンロールツアーに大いに感化された僕は、今日「ひとりビートルズ・ウォーキング・ツアー」を敢行することにした。ずいぶんと前、まだiPodTouchしか持っていなかった頃にダウンロード購入した「Beatles Walk London」ってアプリを思い出し、iCloudから呼び戻してみるとiPhone6でも無事に作動するではないか。このアプリにはロンドン市内18カ所のビートルズゆかりの場所に関する物語が地図情報とともに記録されているので、十分に充電したiPhoneを握りしめてその指示に従えばひと通りのビートルズ観光ができるって仕掛け。

中学のころ買ったLP
まずは起点となるアビーロードEMIスタジオに向かう。名盤Abbey Roadのジャケットに写っているあの世界一有名な横断歩道の場所である。バスを地下鉄に乗り換え、地下鉄の駅を降りてしばらく北上すると横断歩道が現れた(年がら年中ネット中継してるwebカメラはこちら)。思ったより観光客は少ないのは月曜日の朝だからか。それでも10人くらいの男女がそれぞれに写真を撮り合っている。僕もカップルの写真を撮り代わりに撮ってもらった。やっぱり何度も往復してしまう。クルマの往来も多いのだけど、運転手は皆そんな僕らの心情を理解してくれてるようで、他の交差点より歩行者優先で止まってくれる(浮かれた連中をはね飛ばす事故なんてかなんわ、ということかもしれないけど)。

EMIアビーロードスタジオだ
横断歩道のすぐ向こうにはEMIスタジオがある。思ったより小さな建物だ。帰ってから検索してみたらこんなツアーがあったんだ。羨ましい。いつか行けると良いな。噂には聞いていたけど落書きだらけ。落書きしないでって看板にはビートルズの歌詞がなぞらえてあったりしてちょっと微笑ましい。気がつけばずいぶん観光客が増えていた。もっと年配者が多いのかなって思ったけど案外若い人も多いんだ。僕は壁にもたれてそんな彼らを眺めたりiPhoneアプリに表示されたこの場所について書かれた説明文を読んだりしながら、なかなか去り難い気分をもて余す。

スタジオを後に歩き出す
そろそろ次へ行こうか、とアプリに従って歩き始める。日本語版ではないから全部英語なんだけど、なぜか事前に読もうと試みたときは「やっぱ英語ようわからん」だったのに、その場所に行くと日本語並みに理解できる気がするのが不思議だ。昨日のツアーとは違って事前には知らないことがたくさん書かれているのに。さっきまでの雨は上がったようだ。朝日が濡れた舗道に光ってとても美しい。Billy Furyが住んでいた家の向かいが66年までポールが住んでいたという家だった。スタジオから徒歩圏に住んでしまうあたりが彼らしい。Blackbirdはこの家の窓枠にとまったのだ、だなんて書いてある。さすがにここには観光客など誰もいない。閑静な住宅街だ。こんなことでもなければ一生歩くことのないであろう道を散歩するってのはなんとも楽しい体験だった。デジタルとかネットってのはこういう形で新しい体験をもたらすこともあるのか、なんて考えながら歩く。

かなり長いこと歩いているとベーカー街に出た。なんだか人だかりが、と見たらシャーロックホームズの館だった。でその隣がビートルズストア。両方ともちょっと入ってみたけどお土産品を買うには至らず。アトムにはあまり執着しないのです。


ヤァ!ヤァ!ヤァ!

さらに歩くとメリルボーン駅が見えてきた。ビートルズの最初の映画、A Hard Day's Nightの冒頭シーンが撮影された駅だ。本当にたまたまなんだけど、ロンドンに到着した日の夜、時差ボケで眠れずにYouTubeで全編観たばかりなのです(その前は中学2年の時に映画館で。そして帰国したらもう全編版はYouTubeから消されてた)。右の写真は最初のシーンで4人が逃げてくる通りだそうだ。

A Hard Days Night
駅舎内に入ると何やら美味しそうな香りが漂っていた。大きな駅だ。アプリによるとこのターミナル駅の1番ホームで撮影されたという。今や近代的な電車が客を待っているけど、当時はモノクロだったんだ・・なんて思いかけたが、待てよ、当時だって人間の目はフルカラー仕様だったんだぞ、と思い直す。古い景色がモノクロやセピア色ばかりってのはただの思い込みだ


メリルボーンレジスターオフィス
そこからまた歩いていくとメリルボーン・レジスター・オフィスの前に出る。アプリによると1969年にポールとリンダが、1981年にリンゴとバーバラがそれぞれ結婚届を出した役場だそうだ。玄関のライオン像が有名って書いてあるけどあいにく工事中で見ることができなかった。カメラを持って近づくと工事中のおっちゃんがいたので、ライオンはどこ?と聞いたのだけど、残念だが来春以降にまた来ることだな、と言われた。いやそこまでは。

英雄たちが住んだ部屋
しばらく住宅街を歩き、次の目的地へ。Montagu Squareのちょっと見なんてことのないフラットだ。でも説明文を読むと1940年から80年まで輝かしいスターたちが住み、逸話を残した場所だと書いてある。なかなか公園の塀に寄りかかって読み進めない英語の説明を読んでいると住んでいる男が出てきて客と何か話し始めた。ちょっと前ならこうしてポールやジョンやリンゴやジミヘンらが立っていたのだろうなと思うと不思議な気分に。僕が10代の頃に片田舎の子供部屋でたくましく夢想していた世界はまだ現役のアパートとして目の前に存在しているのだ。子供にとっての40年とは永遠に等しい時間の向こう側だったけど、今こうして生きる現実からすればまだほんの少し前でしかないのだなあなんて考える。

元祖アップルショップ
そこから少し歩くとアップル・ブティック跡が見えてくる。といってもiPhoneを販売していたわけではない。ビートルズが自分らで経営し、そして大失敗したリアルショップだ。当時はサイケ模様が描かれて周囲のひんしゅくを買ったらしい。今やその面影はなく、不動産屋のテナントが入っているだけど、ショーウィンドウの一部にはここがかつてビートルズらがやんちゃした場所だとひっそり表示してあった。後にAppleStoreを世界展開して大成功を収めることになるスティーブ・ジョブズも彼らの大ファンだったことは有名だ。直営店を始めるときには相当世間から非難されたわけだから、きっとどこかにこのビルのことは頭にあったのだろうなあ、なんて思う。もちろんやってはいけない事例としてだろうけど。でも事業に失敗したとわかると店の在庫を無料で配ってさらにひんしゅくを買っただなんだ笑える話だ。

アッシャー家(右側)
今度はそこから東へと歩く。大まかな場所的に言えば最初の夜に泊まったパディントン駅付近から昨日のウォーキングツアーをスタートしたトラファルガー広場の方向へ近づいていることになる。時間的にはそろそろ正午だからもう2時間ちかく歩いている計算だ。ベイカーストリートとパディントンストリートの交わる比較的大きな交差点に近い古い建物は、アッシャー家の生家らしい。ポールと結婚寸前までの恋人だったジェーンとその兄ピーターが住んだ家で、ポールもここの屋根裏部屋を間借りしていたらしい。その部屋でYesterdayをはじめとした名曲が作られたのだ、と書いてある。

あのジャケットのEMIハウス
またまた歩き通しで南下するとラウンドアバウトの向こうに茶色い(いやあたり一面茶色いんだけど)建物が見えてきた。以前EMIハウスだったビルだ。ここに建っていたビルのメインレセプションエリアを階段の上から見下ろした4人を撮影した写真が彼らのデビューアルバム、後のベスト盤(赤青)のジャケットとなった。そのビルは既に取り壊され、目の前のビルはどこか違う会社のものだとのこと。でも十分古く見える。

HMV第1号店
気がつけば住宅地から繁華街の風景に変わっている。オックスフォード通りに面した華やかなレコード店はHMV第1号店だ(実際はこの通りの向かい側にあったのが移転したらしい)。デビュー前の録音音源をエプスタインがこの店に持ち込んだことがきっかけEMIにいるジョージ・マーティンの耳にとまった、的なことが書いてある。HMVって His Master Voiceの頭文字だったんだ、なんて違うところに感心したり。




London Palladium
どんどん歩いていくとすっかり人通りの多い繁華街となった。通りを曲がるとロンドンパラディアムの立派な建物が見えた。1910年に建てられたこの劇場でビートルズは63年から64年まで3回の演奏を行ったが、特に1964年10月13日の公演はテレビで中継され、熱狂的な女性ファンの姿が"Beatlemania"として紹介され、大ブレイクに繋がったのだという。あと、「お金持ちは宝石をじゃらじゃらな鳴してください」って有名なジョンのMCとか。
そのすぐ右隣はマネージャーのブライアン・エプスタインがリヴァプールで経営していたレコード店NEMSのロンドンオフィスがあった建物だ。彼の死とともにそのオフィスもまもなく消えてしまった。

お昼はインド味のロール
さすがに小腹が空いてきたので、foursquareで探したちいさなインド料理店The Kati Roll Companyでカレーロールとビールの小瓶でランチ。結構からだが冷えていたので暖まった。イギリスは長らく東インド会社をやってたわけで、当然インドとの繋がりも深い。だからきっとインド料理も美味しいだろうと思い立ったからだ。日本のカレーとは大違いだけど、でもどこかホッとするアジアの香りにリラックスできた。そのせいではないけどなぜか日本の北海道、東京、大阪、京都の友人らとチャットが始まってしまい、ロールを囓りながら日本にいるような気分で馬鹿話をしたり。

由緒正しい百貨店でトイレ借りる
外に出たらトイレに行きたくなったので、由緒正しい百貨店Libertyに入って借りる。ガラスとイルミネーションでピカピカ、ではなく木をふんだんにつかった落ち着いた内装がどこか正調な感じを称えている。もしも円高バブルの頃なら多くの日本人が上客としてうろうろしてたのだろうけど、一人も見かけることなく外に出る。ちょっと服や靴の値段見たけど、少なくとも僕がここで買う意味はないかなって思ったし(だいいち荷物になる←負け惜しみ)。

ロータスF1マシンだ
アプリに従って歩いていたら、昨日のウォーキングツアーで回った場所ばかりとなってきた。でもあらためてアプリの説明文をじっくり読み直すとああ、そういうこと言ってたのかって分かることもあり、Bag O'nails Clubや Apple Coros HQ、Indica Gallaryなどをあらためて回ってみた。これで今日一日の一人ウォーキングツアー達成である。いやーよく歩いた!
ピカデリーサーカスに出てうろうろしてたら壁にF1マシンが見えたので立ち寄ってみたら、ロータスのショップだった。そうかF1チームの多くもイギリスが本拠地だもんな、と思い直して店内に入りマシンをみたりお土産品を眺めたり。90年代のF1ブームの頃は日本にもこんな店がたくさんあったなあ、と思い出す。

夜のリージェント通り
そろそろ日の暮れ始めたロンドンの街を無目的にただ歩く。リージェント通りからはてはコベントガーデンまで。歴史あるフィッシュアンドチップスの店「 The Rock & Sole Plaice」でテイクアウトのコーヒーを買い暖まる。少し雨が降ってきたので、どこかのパブでビールでも、と歩いてたら「The Freemasons Arms」というなかなか興味深い店名のパブを見つけたので潜り込み、カウンターに座ってビールをグビグビはじめる。何やら陰謀の匂いはないものかと鋭く店内を観察しているとおもむろに「はい、奥から詰めてくださいね〜」という日本語が聞こえてきたではないか。何ごとかと振り返ると引率の先生が大量の日本人小学生をパブの奥へ案内しているのである。いったい何が起こっているのだ、これは何かの儀式なのか。

店の名はフリーメイソン
どうやら彼ら大量の日本人は近くの劇場から排出されてきたようだった。現地の日本人学校だろうか。あんまりそんな感じはしないので修学旅行的な団体かもしれない。いずれにしろ長居すると何かに巻き込まれて大変なことになるかもしれないと(冗談ですがな)、ビール1杯で外に出る。外にもたくさんの日本語が溢れていた。居心地が良いような悪いような不思議な感覚に陥り、どこかで飲み直そうかなとも考えたけどだんだん雨も強くなってきたことだし、たまたま歩いてたら24番のバスが来たこともあってそそくさと乗り込んでしまった。

夜は今日もタイごはん
ホステルに戻るとまずはシャワーを浴びた。なにせ身体が冷えてしまっているし、疲れが溜まっていたのだ。暖まって部屋のベッドに戻ると当然のように眠けが襲ってきた。不思議と食欲はない。でもこのまま寝てしまうとまたも深夜覚醒の悪循環だ。サンダル履いて一階のパブに赴き、ビールとタイごはんをオーダーする。持ち込んだ文庫本を読んだり今日撮った写真を整理したりしながらどうにかして遅くまで目を覚ましておこうと努力をしたのだが、あっさりと限界を突破、そそくさと部屋に戻って寝てしまった。この宿も明日でチェックアウトだ。

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